欧州アートログ

ヨーロッパにおける企画展、ギャラリー、アートフェア等のログを淡々と書き記します。

ゲルハルト・リヒター展 / Gerhard Richter : Painting After All [Log17]

メトロポリタン美術館の分館、メット・ブロイヤーで開催されている「Gerhard Richter : Painting After All」に行ってきました。モニター上で。その模様を淡々と書き記します。

※ 本来は実地訪問した展示等について書き記したいところですが、諸般の事情に伴い、本記事はウェブ上の訪問に関する内容となります。

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『Gerhard Richter Painting』より

  

記事のポイント

  •  現代最高峰の画家のお一人
  •  絵画とは何かを追及する思想家
  •  技術が進展した時、人間に残されるものとは

 

ゲルハルト・リヒターさんについて

ゲルハルト・リヒターさん(1932~)は、現代最高峰の画家の一人とされています。オークションで、2桁億円の超高値が付くアーティストです。

 

ドイツのドレスデン(旧東独側)生まれ。先日記事にしたクリスト&ジャンヌ=クロードご夫妻と同年代です。教師のお父さんと本屋でピアノ好きのお母さんの下で育ちました。しかし、ドイツの歴史がご家族にも影を落とします。

教師は、全てナチスの体制に組み込まれました。このことにより、戦後、復職は困難となります。お母さんの兄弟姉妹も戦争で亡くなりました。「彼女がどう哀しんだか、私は生涯忘れない」と彼はコメントしています。戦後、彼はクリスマスプレゼントとして、母からシンプルなカメラを貰ったそうです(蛇足ながら、初期写真家のアンリ・ラルティーグさんも子供のころにクリスマスプレゼントとしてカメラを貰っています。)。

1951年にドレスデンの芸術アカデミーに入り、熱心に勉強します。先生の支援により、西独側への旅行も経験していたようです。この頃のアカデミーは、まだリベラルだったものの、次第にソ連体制の圧力が強まっていたとのこと。56年に卒業すると、優秀だったリヒターは、公開夜間コースの講師を務めることと引き換えに、スタジオと向こう3年間の給与を約束されます。ドレスデンの社会主義統一党(東独支配政党)本部の壁へのペイントを行ったりもしています。しかし、次第に息苦しさを覚えたようです。

契機は、1959年のドクメンタ2。そこで、ポロックやフォンタナの作品に出合った彼は、1961年、ベルリンの壁が出来て東西の行き来が禁止される直前に、西独へと移ります。

 

と、ここまでの内容は、ご本人のウェブサイトにある9ページにわたる経歴の最初3ページの超要約です。画家としてのキャリアの草創期の段階で、既に数奇な運命に翻弄された彼の人生が垣間見えます。

 

どんな内容だった?

メトロポリタン美術館の企画展は、以降の60年に渡る作品の回顧展となっています。3月4日に開幕したものの諸般の事情に伴い同月13日以降長期閉鎖しているところ、それを補うように、全作品を基本情報付きで公開する等オンラインコンテンツが充実しています。このコンテンツ、行ったり来たりして飽き足らぬほど、とにかく濃いです。

 

リヒターが一生を掛けた仕事を短い言葉で表すのは難しいのですが、荒っぽく言ってしまうと、写真が出来ちゃったときに絵画にしかできない表現とは何かを追い求めた、ということかと思います。

ご本人が付けたという「Painting After All」という本展覧会タイトル、14日に公開されたキュレーターとの対談によると、かなり多義的。写真等が出来てもやっぱり絵画だよね!とも、歴史的トラウマに対して絵画は何もできず結局絵画は絵画に過ぎないのか?とも、人間は死ぬが結局絵画は残るとも解せる。

この対談、レゾネの最初に出てくる「テーブル」(1962)という作品(それ以前の作品は、粗方ご本人が破壊したらしい)の意義や、東近美「窓展」(2019.11~2020.2)のハイライトにも展示されていたガラスを重ねた作品の意義等、とても勉強になる内容です。ご興味あれば、ぜひ。

なお、ガラスの作品は、愛媛県豊島(とよしま。西沢立衛さんの美術館等でおなじみの香川県豊島(てしま)とは違う)にあるものが、リヒター最後にして最大のものらしいです。

 

メトロポリタン美術館のコンテンツでは、ドキュメンタリー「Gerhard Richter Painting」(2011)も4月11日から7月上旬までの期間限定で公開されています。作品制作の過程を見ることが出来るほか、写真との関係、西独移住以降会えなかった家族の話、アシスタントからみたリヒター等、多角的に彼を理解できるよう撮られています。特に、55分くらいから彼の制作が彼の言葉で語られます。

下記記事は、本年1月のDVD発売に関する美術手帖さんのものです。あらすじを知ることが出来ます。

 

感想は?

このブログの最初の記事や、ルース・アサワ展の記事でも少し触れましたが、産業革命、写真、3Dプリンタ、人工知能等、技術が発達した時に、人間に残る表現とは何だろう?ということへの関心を改めて強くしました。

現代アートという広い括りの中は、絵画という美術史的に設定された「枠」を疑い、様々な表現が爆発している状況ですが、絵画表現に拘り、絵画を追求し続けるリヒターから感じ取ることは多いように思えます。

ではまた。

 

 

[2020.10.10追記]

2020年は、日本においてもリヒターの注目が益々上がっていますね。

 

東京・神保町の「UCHIGO and SHIZIMI Gallery」さんでは、リヒター展(2020.2~8)を開催されていました。

今週7日には、箱根・ポーラ美術館が、アジアにおける欧米作家作品しての史上最高額約30億円で、彼の作品をサザビーズ・オークションにて落札しました。


また、日本でもリヒターをモデルにした映画「ある画家の数奇な運命」が公開されました。本人が前半生を語りたがらないところもある(上述のとおりこの頃の作品は認めたがらない)ため、虚実織り交ぜた内容ですが、こうした映画が出てくることからも、やはりリヒターは現代最高峰の画家の一人だと言えると思います。

 

なお、リヒターの元配偶者であるイザ・ゲンツケンさんの展示に行った際のログも、よろしければご覧ください。