欧州アートログ

ヨーロッパにおける企画展、ギャラリー、アートフェア等のログを淡々と書き記します。

ゲオルク・バゼリッツ展@ロンドン・Michael Werner & White Cube [Log34]

Michael Werner Galleryで開催されている「Georg Baselitz / I was born into a destroyed order」とWhite Cubeで開催されている「Georg Baselitz / Darkness Goldness」に行ってきました。その模様を淡々と書き記します。

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White Cube展の様子

記事のポイント

  • 押さえておくべき画家のお一人
  • 具象から、モチーフ自体の意味を取り除く
  • ゲオルク、闇が深いのかな?

 

ゲオルク・バゼリッツさんについて

ゲオルク・バゼリッツさん(1938~)は、逆さまの絵画で有名な要チェックアーティストのお一人。

近年の大規模なビエンナーレやアートフェアの際、作品にお会いする頻度が非常に高いです。昨年末のアートバーゼル・マイアミビーチでも、バナナが話題を掻っ攫っていったものの、やはり彼の作品が高値取引として報道されています。

 

ドイツのドイチェバゼリッツ(旧東独側)の生まれ。本名は、ハンス=ゲオルク・ケルンさんです。バゼリッツというのは、出生地から採った雅号(1961年以降使用)です。彼が成長した時期は、第二次世界大戦の真っただ中。この時目の当たりにし続けた破壊と苦悩とは、彼の創作に強く影響しています。

1955年、ドレスデンの芸術アカデミー(ゲルハルト・リヒターが1951~56年に在籍)に出願するも、失敗。1956年に東ベルリンの芸術カレッジに入るものの、2学期の後に「社会政治的な未熟」との評価を受け退学となります。社会主義的思想に従わなかったためです。

翌57年、19歳の年に、西ベルリンの芸術カレッジに入り直し、ネイ、カンディンスキー、マレーヴィチ等に傾倒しました。デ・クーニング、ガストン、ポロック等の抽象への反逆心のようなものも、この時期に形成されたようです。なお、同カレッジでは将来の配偶者となる女性と出会っています。

1961年、ベルリンの壁が作られた年に、先述のとおり雅号を使いだしました。

 

1963年、西ベルリンの「Galerie Werner & Katz」で同ギャラリーの杮落しとして初個展を開催しました。この時展示された絵画は2点全てが当局に没収されました。裸の男性と、巨大なペニスをもった自慰少年の絵でした。この鮮烈なデビューが、彼に「反逆のアーティスト」のイメージを与えました。なお、この出来事は、ギャラリーの知名度を上げたいギャラリストにより周到に計画されたものであったことが臭わされています。

1965年、奨学金を得て6か月間フィレンツェへ。ルネサンス期の絵画、美術史に浸りました。ドイツに戻った彼は、「英雄」シリーズを翌年までの間に作成します。屹立するマスキュリンな男性像を描きます。描かれる英雄はボロボロの戦闘服をまとっており*1、第二次大戦が彼に与えた影響を感じさせます。また、同時期に「破壊」シリーズも作成しています。これは、人間や動物の身体の断片が無秩序に配置されているものです。

 

そして1969年、彼のアイコニックな作品である「逆さまの絵画」を作成しだします。これは、逆さにすることで、ルネサンス以降の遠近法等の構築的な画法に反旗を翻したものです。線と面、2Dと3Dといった絵画が孕む問題に、抽象ではなくあくまで具象から新たな視座を示しました。具象に付随する文脈から自立し、表面にある色と形にのみフォーカスさせるという意図です。絵画を純粋な2Dとして鑑賞させるものなのだそうです。

その後、1972年及び82年にドクメンタ、1980年にヴェネツィア・ビエンナーレ西独館等に出展し、国際的な地位を確立していきました。

日本との関係では、2004年に高松宮殿下記念世界平和賞を受賞しています。

 

なお、バゼリッツさんと同時期に東独に生まれ、青年期に西独に移り現代最高峰のアーティストとなった方として、本ブログでご紹介したゲルハルト・リヒターさんがいらっしゃいます。個人的には、米国現代アーティストの陽な作品より、東側アーティストのやや陰な作品の方が、脳での噛み応えがあると思っています。

 

どんな作品があった?

今回、同時期にバゼリッツの個展があるということで、喜び勇んでハシゴしてきました。

 

●Michael Werner Gallery

本記事を書いていて知ったのですが、Michael Werner Galleryは、同氏初個展を開いた「Galerie Werner & Katz」から希代のギャラリストMichael Wernerが独立した(1969年ケルンにて開業)ものでした。充実しているなと思ったら、そりゃそうだわ。

最初期から円熟してくる1984年までの絵画及び1994年の彫刻作品が幅広く展示されていました。ギャラリーのHPからバーチャル鑑賞が可能ですので、ご興味あれば、ぜひどうぞ。

Selected Worksの冒頭には、初個展の同時期に作成された作品が掲載されています。


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全て1962年、初個展前の作品。模索している感。

 

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1965~67年の作品。「英雄」シリーズなのであろう、

 

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1972・74年、逆さま確立後の作品。バゼリッツの逆さまといえば人体かと思いきや、風景の逆さまもあるのか。

 

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1984年の絵画及び1994年の彫刻作品。蛇足ですが、この部屋は折上格天井となっており、とても豪華な空間でした。

 

●White Cube

Michael Wernerの展示が時代を経る縦の展示だとすれば、こちらは横の展示。全ての作品が昨年制作された手を題材としたものでした。手となると上下があるのかないのかという感じなので、「逆さま」の一連か否か、アーティストも名言していないそうです。

こちらのギャラリーHPも、バーチャル鑑賞等充実しております。

 

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これらは直接描かれているのではなく、元絵を転写(絵具が乾く前に版画の様に上から擦って移す)して作成されているそうです。元絵は廃棄。転写の方が作品。

 

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このご時世のため、他の鑑賞者はおらず、空間独り占め。
 

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「逆さま」か否かについて、スケッチの線を見るに一応逆さまにされているように思える。

 

感想は?

バゼリッツさんの個展に初めて行ったのは、昨年のベネチア・ビエンナーレの際でした。アカデミア美術館で開催されていた大規模展は、同館史上初の現存アーティストの回顧展でした。そこで上映されていたインタビューでの、パンクな受け答えが印象的でした。

今回、彼の作品を縦横で鑑賞し、不穏で、ゲオルクくんは闇が深いのかな?と思わせる1960年代、反逆の「逆さま」、絵画作成に意図の及ばない偶然性を積極的に取り入れる「手」シリーズ等、アーティストの生き様の一端を垣間見た気がしました。

他方、彼は自分の人生を絵画に持ち込まない主義です(まさに「逆さま」にする理由がそうであるように)。「孤立」して存在する表現、それが彼の作品であり、鑑賞者も孤立した個として対峙することが求められる、そんな面白さが彼の作品からは感じられます。

ではまた。

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