欧州アートログ

ヨーロッパにおける企画展、ギャラリー、アートフェア等のログを淡々と書き記します。

Kimono: Kyoto to Catwalk@ロンドン・V&A [Log30]

V&Aミュージアムで開催されている「Kimono: Kyoto to Catwalk」のキュレーター・ツアーをオンラインで鑑賞しました。その模様を淡々と書き記します。

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© Victoria and Albert Museum, London

 

記事のポイント

  • 着物の日本国外への影響に着目
  • インクルーシブな衣類としての着物
  • ファッションデザイナーを魅了する自由さ

展覧会の概要

開催場所となるV&Aは、ヴィクトリア&アルバートの略で、大英帝国に君臨したヴィクトリア女王と夫のアルバート公の名前に由来しています。ロンドンのサウスケンジントンに「本館」を置くほか、東ロンドンに子供博物館があり、2018年にはスコットランド・ダンディーに隈研吾さん設計の「別館」をオープンさせました。

同館は、芸術とデザインとを専門分野とし、陶磁器、家具、衣装、ガラス細工、宝石、織物等が多く収蔵されています。1851年にロンドン万博が開催された際、どうもイギリスのデザインがダサいと気づいた同国が、インダストリアル・デザインの質を向上させるために啓蒙せねばならん!ということで創設されたためです。従って、いわゆる美術館とは少し趣が異なります。

今回の企画展「Kimono: Kyoto to Catwalk」は、おそらくオリパラに合わせて、かなり早い時期からV&Aが力を入れて宣伝していた企画展の一つでした。しかし、折悪くコロナ禍により閉鎖。一昨日27日に再オープンしたところです。

今回、私が鑑賞したのは実地ではなく、オンラインにアップされているキュレーター・ツアー。正直に申し上げて、着物を見ようと思ったら日本で見たほうが良いものが見られるし、会場の様子はHPでかなり把握できてしまうので、詳しい解説付きの本ツアーで鑑賞したものです。

 

どんなツアーだった?

キュレーターのアナ・ジャクソンさんの詳しい解説付きで、順番に展示を見て回ることが出来ます。Youtube動画5本で全35分、サクッと見て、ガツッと楽しめる内容でした。

 

さて、同館は、上記の出自から、ファッション関連に力を入れてきた印象があります(商業的に成功しやすいというのもあるのでしょうが)。昨年はクリスチャン・ディオール展、マリー・クワント展を実施していました。しかし、従来の服飾関係の企画展は西側のファッションのみ。今回は、それを離れて日本の着物に着目したとのことです。

特に重視したのは、「伝統的な東洋の衣類」としての着物ではなく、「世界的に影響を持つファッション」としてのKimonoにフォーカスすること。同時期にスタートした東京国立博物館での「きもの KIMONO」展が、国内のファッションの先端としての着物であったことと好対照です(アナさんと東博側の企画者小山室長とは、古くからの友人で、両展の開催に当たって情報交換を行ってきたとのこと*1)。着物を日本人の視点から再解釈する東博展と、英国人の視点から再解釈するV&A展。特に後者は、着物はタイムレスでインクルーシブな衣類であるという面白い現代的解釈をしています。動画の最初で、アナは、すべての着物が基本的に同じサイズ。比較的単純な構造で、身体的特徴の発露・強調を意識する西洋の服とは異なるという点を指摘しています。

 

さて、V&A展は、江戸時代の日本からスタートします。1000年の歴史があり、16世紀には、社会的地位、貧富、男女、年齢を超えて一般化した着物。経済成長と都市化の中で、ファッションとして煌びやかになった着物(「着る芸術品」)にまずはフォーカスします。Kyotoが本展の出発点であるのは、友禅をその起点と置いているからです。友禅の手法により制限のない表現が出来るようになったという点を、ファッションとしての着物のスタートとしているのです。

そして、動画2本目では、士・商層の着物の特徴、流行の変化、帯の発展等着物自体の状況に加え、江戸におけるファッションリーダーとしての歌舞伎役者、吉原遊女等、当時の社会経済的背景も触れられています*2。しかし、浮世絵の展示同様、早期にアートやファッションが民主化されていたという、欧州と比較した江戸期日本の大事な特徴が十分には表現できていない気もします。

 

こうして、江戸期日本におけるファッションとしての着物を概説した後、欧州における受容に展示は移ります(動画3本目)。1678年の絵画に描かれた着物から始まり、鎖国日本の窓口であったオランダの果たした役割がフォーカスされます。着物が欧州に輸入されるようになると、それまでダサかった男性が公式な場で羽織るローブが、派手になる等の変化が生じたそうです。西欧社会で着物に人気があると把握したオランダ商人たちは、着物を翻訳し、インドに発注してKimonoスタイルの衣類を生産させました。

19世紀半ば、日本が開国すると、多くの着物が欧州に流れ込みます。特に、明治維新で各藩の女性に売れなくなった江戸の呉服屋がストックを欧州に売ったため、この頃には豪奢な着物が多く輸入されたようです。V&A展では触れられませんが、フランスでジャポニズムやってた頃ですね。

 

20世紀初頭になると、着物は欧州の女性ファッションに大きな影響を与えます(動画4本目)。従来のコルセットで身体を矯正してまでラインを強調する洋服とは異なり、緩やかに身体を包みドレープを描く重層的な着こなしは、一つのファッションとなります。なお、影響の一つとして印籠をヴァニティー・ケースとして再解釈したカルティエのものが登場します。面白い一品なので、必見です。

また、大正期日本において女性の普段着として様々な柄を伴った銘仙、そのファッション性も紹介されています。

 

そして戦後から現代にかけて(動画5本目)、日本における着物は非一般化し、「コスチューム」となります。日本文化はアメリカナイズされ、着物の技術は「人間国宝」に指定する等により「保存」されていました。しかし、最近、新たな動きが見られます。ストリートから影響を受けた現代的なキモノの登場です。それは、日本性を超えた世界的にユビキタスなファスト・ファッションへのアンチとしての動きとも言えます。これは、単に西洋・東洋、男性・女性といった二分法ではない、複雑な国境を越えた文化の行き来の一つの現在的結果という評価をアナはしています。その動きは、今でも世界の(といいながらユーロセントリックです)デザイナーを刺激しているとされていました。

現代的な着物の受容として、スターウォーズ、フレディ・マーキュリーの部屋着、マドンナやビョークの衣装(それぞれゴルチエとマックウィーンのデザイン)が紹介されます。ここでアナはさらりとながら、着物のタイムレスさや性差がない点にコメントしています。最近の映画でもフレディが着物を着ているシーンがありましたが、例えば彼はこうした点を意識して着物を着ていたということなのでしょうか。

 

 

感想は?

着物について、英国側から見たらどう見えているのかということを知る良い展示だったと思います。単なるオリエンタリズムに陥らず(キュレーターが一番意識した点でしょう)、一つの文化のメディアとしてどういう位置づけなのか、役割を果たし・もっているのかということを意識している展示だと思いました。特に、インクルーシブという解釈は、とても現代的で印象的です。

そもそも、日本人ながら、私は着物を着た記憶がありません。七五三に「コスチューム」として着て以来、物心ついてからは、浴衣や道着はともかく、ちゃんとした着物を着たことは無いと思います。そんな中、英国の美術館から着物の自由さを説かれ、かつ、東博の方からも自由さを主張されているとなると、俄然興味がわいてきました。

小学生並みの感想ですが、せっかく日本人に生まれたのだから、先祖の文化である着物を大切にする必要性を感じました。

 

ところで、最近アート界における欧州中心の近代的価値観忌避への対応要求が、激しくなっているように思います。

例えば、大英博物館は、ハンス・スローンさんという方のコレクションの上に創立されています(大英図書館も自然史博物館も。相続税の代わりに国王に遺贈)。大商人でスローン・スクウェアという地名・地下鉄の駅名にも名を残しています。この方の富はジャマイカでの奴隷によるプランテーションから創り上げられたもので、このことについて、昨今の奴隷制への忌避から論議になっていました。

この点、大英博物館はV&A同様今週27日に再オープンするに先立ち、同氏の胸像を台座の上の目立つ位置から少し目立たない場所に移動する決定をしました。隠すのではなく、奴隷制の富の上に築かれた大英博物館という自分たちの歴史を直視するという姿勢は、理性的な解決法だと思います。

(ちなみに、リンクで張った美術手帖の最後の段落は完全に事実誤認です。ブラウンさんのツイッターでのコメントを引用していますが、一時情報である彼のツイッターをチェックすると、コメントはガーディアン紙の見出しが「撤去された(removed)」となっていた誤認を非難して「撤去されておらず、移動された」としているのであり、大英博物館側の決定を非難するものではありませんでした。)

 

時代の文脈があるといえ、先祖が辿ってきた歴史を隠さず、歪めず、その上に正しく立脚した上で、現代的価値観からこれらを見つめなおしていく姿勢を忘れないようにすることは、とても大事だと考えています。このことは、ベクトル方向の違いはあれど、両Kimono展にも、上記忌避感にも共通したことだと感じました。

 

ではまた。

*1:https://www.elle.com/jp/culture/music-art-book/a31387210/vanda-kimono-exhibition-from-kyoto-to-catwalk-200323/

*2:王室から流行が生れる欧州諸国と、遊女がファッションを生む江戸とはとても対称的だと思えます。