欧州アートログ

ヨーロッパにおける企画展、ギャラリー、アートフェア等のログを淡々と書き記します。

アントニー・ゴームリー展 / Being Human [Log21]

ベルギーのギャラリーのウェブサイトで公開されている「Antony Gormley: Being Human」(BBC, 2015)等を視聴しました。その模様を淡々と書き記します。

※ 本来は実地訪問した展示等について書き記したいところですが、諸般の事情に伴い、本記事は番組視聴に関する内容となります。

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Antony Gormley "The Angel of the North" (1998) from wikipedia public domain

記事のポイント

  •  現代英国を代表する彫刻家
  •  インドでの自分探しが成功した方
  •  身体という容器と外界との関係性を問う

 

アントニー・ゴームリーさんについて

アントニー・ゴームリーさん(1950~)は、20世紀に開発されたロンドンの近郊高級住宅地に生まれました。ご両親は、敬虔なカトリック信者で厳格なご家庭だった様子がうかがえます。その後、ボーディングスクール、ケンブリッジ大学トリニティカレッジと、アッパーな経歴を歩んでいきます。

そんな彼に人生を変えたのは、1971年からの3年間に渡る放浪です。トルコ、シリアやアフガニスタンを経由してインドに入った彼は、2年間、同国及びスリランカで仏教の考え方を学びました。2か月間、コルカタで路上生活も経験したようです。1974年に帰国後、セイントマーチン、ゴールドスミス及びスレードの各美術カレッジで学びました。

彼のアーティストとしての経歴は、1981年のホワイトチャペルギャラリーにおける個展から始まります。当時は、まもなくYoung British Artisitsが出てくる等、英国の美術界が騒がしかった時期。常に新しい表現が模索されていました。そんな中、彼の表現媒体は、常に身体でした。同個展では、食パン8640枚を積み重ね、自分の身体形状にくり抜いて食べたもの(現在は、テートブリテン所蔵)が展示の中心に置かれたそうです。

その後、英国を代表する現代彫刻家として、翌年にはヴェネツィア・ビエンナーレ進出を果たす等、破竹の勢い。1994年にターナー賞を受賞。2013年に高松宮殿下記念世界文化賞も受賞しています。写真の作品は、イングランド北部に作成された高さ20メートル、両翼幅54メートルという巨大な「彫刻」です。日本では、東京国立近代美術館に「反映/思索」("reflection" 2011)が常設されています。

 

なお、去年ロンドンで開催された有料企画展の中で、ゴームリー展は人気No.1でした。

 

どんな番組だった?

今回、ゴームリーについて掘り下げたのは、先日ミシェル・フランソワ展の記事で登場したギャラリー、Xavier Hufkensさんが「Antony Gormley: Being Human」(BBC, 2015)を5月29日まで無料公開した*1ことが契機です。同ギャラリーは、早くからゴームリーを取り扱っています。

番組は、ゴームリーが奥さんによって石膏に包まれていくシーンから始まります。そう、これが彼の作品の原点です。全て、彼の作品は自らの身体を彫刻にしたもの。

そこから時が戻り、彼の子供時代からの経歴が語られます。昼食後、必ず2階の小部屋に押し込まれる日々。その中で芽生えた身体と空間との関係性への意識。当然、上記のインド体験も語られます。コルカタの路上で生きているか死んでいるかも分からない人々を見た衝撃から生まれた最初の作品、「Sleeping Place」(1973)は、布にくるまって蹲るという「彫刻」でした。子供時代からの身体への意識が、インドで表現へと爆発したと言えます。つまり、インドでの自分探しに成功したのです。厳格なカトリック家庭で育った彼は、抑圧から解き放たれたヒッピーな旅の中で違う価値観に触れ、開眼したのでしょう。

身体性という鍵を元に、彼の作品が次々本人により解説されます。次第に、彼の作品は、鑑賞者の身体と空間との関係を問うものへと拡張。物質社会という外部と身体という容器に入った精神との関係性に思考を向けさせます。近年は、それとともに、再び自らの身体をデジタルに模った作品が増えている印象です。

約1時間の本番組、最後の10分ほどは2015年に開かれたフィレンツェでの展覧会がフォーカスされます。1972年にヘンリー・ムーアが展覧会を開催した同じ場所にどう挑むのか。ゴームリーの思索が伺える内容となっていました。そして番組は、Tim Marlowさん(当時はRAのArtistic Director。今はデザイン・ミュージアムのCEO)の次のセリフで終わります。

「彼の作品の最もパワフルなポイントの一つは、孤独。人間の究極的な孤独が表現されている」

 

併せて、TEDでゴームリーが語っているもの*2も拝見しました。幼児時代の昼食後の話は、こちらでも登場します。彼の考えは、こちらにコンパクトにまとまっています。冒頭、聴衆に目を閉じさせることで簡潔に身体という外殻の存在を意識させています。

 

感想は?

ゴームリーの回顧展が、昨年RAで開催されました。本企画展では、都市という身体のさらに外にある外殻の中で、精神をどう問うのかというアーティストの意識が感じられました。

同時期にロースウッドで提供されたゴームリーの作品を模ったアフタヌーン・ティーも、ある意味、物質(食物)と身体・精神(知覚・意識)との関係に意識を向かせるものでした。もぐもぐ。

ご紹介した番組に加えて、これらの経験からも、個人的にゴームリーさんからは伝道師のようなニュアンスを感じます。表現が内から爆発しているというより、鑑賞者に精神と外界との関係性をどう気づかせるかという意識から生じている。彼の身体を模った彫刻の内部が空であるように、ポイントは外殻とその外側とについてのreflectionにあるのではないかと思わされます。

目に見えないウイルスにより身体がリスクに晒され、人間の精神性が問われている今日、彼の問いかけは熟考に値するものかと思います。

 

この点、先日、BBCの番組*3にゴームリーが登場していました。ロックダウン中にお家で出来るアート制作を巨匠がおススメする同番組。彼は、水に浸した紙に、薄墨のような顔料で身体の絵を描いていきます。当然、顔料はボヤっと滲んでいく。この作品について、彼は美しい描写ではなく何かを想起させているのだと言います。特に、頭部の黒が広がっていく様が気に入ったとコメントしていました。頭部という外殻を超えて意識又は精神が広がっていく様が、非作為的ながら表現されたためです。番組の最後、このロックダウンの間にすべきこととして、少し考えた後、彼はこう呟きました。「Reflect」。

ではまた。

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*1:日本でも視聴可能。英語。約1時間

*2:日本でも視聴可能。日本語字幕。約15分

*3:「Get Creative at Home Masterclasses: Antony Gormley」(2020)。おそらく日本で視聴不可。英語。約17分